前書き
株式投資において歴史を学ぶということは非常に重要だという認識で、その認識を大事にしたいと考えています。
感染症はおろか医療の専門家でもありませんが、SARSの時にどのように感染が拡大し終息したのか、またそれがどのように金融市場に影響したのか、
今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や未来の感染症に当てはめられるなどと甘いことは期待していませんが、
一投資家として頭の片隅に置いておきたいと思います。
パンローリング社から出ているイベントトレーディング入門を参考書籍にさせていただきました。
参考書籍
書籍:イベントトレーディング入門
著者:アンドリュー・ブッシュ
監修:長尾慎太郎 訳:永井二葉
出版社: パンローリング株式会社
初版発行:2011/3/2
書籍紹介
本書では、
トレーダーとして、世界規模のイベントとイベント発生時の市場心理、その複雑な関係を押さえておくことが欠かせない、として
感染症、自然災害、政治
の3つにパートで実例を挙げて分析しています。
感染症の中では、黒死病、スペイン風邪、狂牛病、SARS、鳥インフルエンザが取り扱われています。
今回はSARSの実例を紹介させていただきます。
SARS拡散と終息のタイムライン
SARS拡散と終息の流れを追っていきます。本書のP76-P86にあるSARSの流行の推移からポイントと思われる事象をタイムラインで並べています。
ポイントとはいえ長いので、お急ぎの方は飛ばして次章のSARSのタイムラインのまとめをご参照ください。
- 2002年
11月16日中国広東省で非定形肺炎が発生後にSARSと認定される
- 2003年
2月12日広東省の保健当局が急性呼吸器症候群の累積件数を発表この2日前にWHOが謎の伝染病が発生し市中がパニックであるとのメールを受信
2002年11月16日から2003年2月9日までの感染者数は305人、死亡者は5人
- 2月21日広東省の中国人医師が結婚式に出席するため香港を訪れ、メトロポールホテル9階に宿泊
中国国内にいた2月15日から症状が出始めていた
2月22日に香港の廣華病院に緊急入院し3月4日に死亡
この医師を感染源にメトロポールホテルから世界各地に感染が拡大する
- 2月23日カナダ人女性がメトロポールホテルをチェックアウトして帰国し、トロントの家族の元へ
後に発症し3月5日に死亡
家族内感染により息子も3月13日に死亡
その後トロントでの感染が広がる
- 2月26日アメリカ人男性がハノイで発熱と呼吸器疾患で入院
広東省とマカオを観光後、2月17日から香港のメトロポールホテル9階に宿泊しており、部屋は後に死亡した中国人医師の向かいだった
その後ハノイでの感染が広がる
- 3月11日ハノイでアメリカ人男性の担当した医師が学会のためバンコクへ出発するが到着するなり入院
感染症の専門家だった医師はWHO職員でアメリカ人男性の異常な病態を2月28日にWHOに報告していた
後に入院先のタイで3月29日に死亡
- 3月13日シンガポール保健省が非定形肺炎の発症者3人を確認
3人とも2月下旬に香港のメトロポールホテル9階に宿泊していた
その後シンガポールで感染が広がる
- 3月15日シンガポールで治療にあたった医師がニューヨークの学会に出席後、シンガポールに戻る経由地のフランクフルトで降機後に隔離
WHOは空路による流行拡大を懸念し渡航勧告を発出、この感染症を「重症急性呼吸器症候群(SARS)」と命名
シンガポールの医師はドイツで初のSARS患者となる
- 3月18日WHOが把握した累積感染者数は219人、累積死亡者数は4人
内訳は香港123人、ハノイ57人、シンガポール23人、他にカナダ、ドイツ、台湾、タイ、イギリス
(注:この時点でWHOは未だ中国広東省への立ち入りができていない)
- 3月22日累積感染者数は386人、累積死亡者数は11人
- 3月26日中国が広東省の観戦者数と死亡者数を(ようやく)発表
2002年11月16日から2003年2月28までの感染者数は792人、死亡者は31人
この報告を受け全世界の累積感染者数は1323人、累積死亡者数は49人
- 3月27日WHOが病原体の正体をほぼ突き止める
病原体は新型のコロナウイルスである可能性
WHOが海外渡航者と航空会社に対して強い警戒を呼び掛け、一部の空港でスクリーニング検査を実施するよう指示
香港では全学校が休校、1080人が自宅待機
- 3月31日香港の大型集合住宅で集団感染が発生
医療機関に次いで集合住宅が集団感染の舞台となる
カナダではトロントの住民数千人が自宅待機の対象に
- 4月1日WHOが香港と広東省への渡航延期勧告
WHOが渡航延期勧告を出すのは1948年に設立後初めて
- 4月8日3大陸17か国で累積感染者数は2671人、累積死亡者数は103人
(注:3月26日から約2週間で2倍のペース)
- 4月11日南アフリカでアフリカ初の感染が確認
4大陸19か国に広がる
- 4月16日WHOがSARSの病原体を突き止める
全く新しいタイプのコロナウイルスであることが正式に判明
- 4月20日北京当局がこれまで報告されていなかった発病例が339件あったことを公表
この前からWHO調査団が不正報告に懸念を示していた
北京市長と中国衛生部トップが共産党から追放される
- 4月21日WHOが流行のピークは越えたと発表
- 4月23日全世界の累積感染者数は4288人、累積死亡者数は251人
WHOが北京、山西省、トロントへの渡航延期勧告を発出
北京市内では小中学校が2週間の休校を決定
- 4月25日ハノイ、香港、シンガポール、トロントで流行が沈静化
- 4月28日ベトナムが伝播確認地域から除外される
世界で初めてSARSの封じ込めに成功
- 5月2日全世界の累積感染者数が6000人を突破
- 5月8日天津、内モンゴル、台北が渡航延期勧告に加わる
- 5月14日トロントが伝播確認地域から除外される
- 5月22日全世界の累積感染者数が8000人を突破
- 5月31日シンガポールが伝播確認地域から除外される
- 6月13日広東省、天津他、中国各地が伝播確認地域から除外される
- 6月18日SARSの世界的流行が確認されてから100日目、日々の発生件数は一桁台に減少
- 6月24日前日の香港に続き、北京が伝播確認地域から除外される
SARSのタイムラインのまとめ
2003年2月下旬に感染が広がり始めてから2か月後の4月下旬がピークで、その2か月後に6月下旬に終息しています(時期の括りと命名は独自)。
- 2002年11月発生
中国広東省にて非定形肺炎が発生、後にSARSと認定。
- 2003年2月
下旬起点後に感染が確認される中国人医師が広東省より香港を訪れメトロポールホテルに宿泊。ここから世界へ拡散する。
- 3月初期
広東省・香港・トロント・ハノイ・シンガポールで感染が広がる。
一部地域では集団感染が発生し始める。香港やトロントなど感染地域では休校や自宅待機措置。(累積感染者数は1323人、3/26)
- 4月上旬拡大期
WHOが香港と広東省への渡航延期勧告。アフリカでも感染が確認され、4大陸に広がる。(累積感染者数は2671人、4/8)
- 4月下旬ピーク
WHOが流行のピークは越えたと発表(4/21)。
ハノイ、香港、シンガポール、トロントで流行が沈静化。ベトナムが伝播確認地域から除外され世界で初めて封じ込めに成功。
- 5月下降期
引き続き全世界で累積感染者数は増え続けるが(下旬には8000人を突破)、地域ごとに沈静化も進む。トロント、シンガポールが伝播確認地域から除外される。
- 6月終息期
日々の発生件数は一桁台に減少。香港、広東省、北京が伝播確認地域から除外される。
金融市場への影響
書籍の中で述べられている金融市場への影響のまとめです。
- SARSは国際社会の一致協力により早々に終息し、金融市場への影響も短期間にとどまった。
- 相場にボラティリティをもたらすのは不安とパニック。
- 原油価格が下がったにもかかわらず、航空各社の株価は軒並み下げた。(例:キャセイパシフィック、エア・カナダ)
- SARSの治療薬や検査薬を手がける製薬会社は概ね好調。(例:ギリアドサイエンシズ)
- 絶好の売買チャンスだが、感染症の流行が予想外に長引く場合がリスク。その時は生き延びることを第一に考える。
SARS期間の株価の動き
ここからはSARS期間に日本の株価がどのように動いたのかという独自の振り返り検証です。(書籍では主に海外の株価の動きを検証しています。)
株価の動きからSARSによる影響だけを切り取って見ることはできませんが、その期間の日本の株価がどうだったかということは見ておきたいと思います。
以下は2003年1月31日から7月31日の6か月間の日足チャートです。(ソースはSBI証券のHyper SBI)
<日経225>
なだらかな下落から、4月の末を底に反発しています。ちょうどSARS流行のピークが株価の底でした。

<ANA 9202>
航空業界を代表してANAの株価を見てみます。
日経225同様、4月の末を底にきれいなV字を描いています。ただし下落時の角度は日経225より大きいです。

<HIS 9603>
旅行業界を代表してHISの株価を見てみます。
3月末の落ち込みは急激でした。その後のもみ合いの後に、6月の終息期に入ってからしっかり回復しています。

<米ドル/円>
あまり明確なトレンドは見られませんが、感染拡大期間中はどちらかといえば円安でした。チャート外ですが、この後の2003年後半は円高でした。(関係はわかりません。)

<興研 7963>
最後にマスクメーカーです。
急激な需要の期待により高値を付ける場面がありましたが、終息後は何もなかったかのように一定水準に落ち着きました。

後記
同じ感染症でも感染の仕方や、拡散の規模やルート、また背景として時代の推移により人や物の移動の量や経済の規模も大きく異なる中で、結果として出てくる影響は大きく異なってもおかしくありません。
そのため比較をするということ自体はあまり意味のないことかもしれませんが、それでも世界規模のイベントとイベント発生時の市場心理の一例を知っておくことは、自分を落ち着かせるためにも間違いなく役に立つはずと期待しています。
前書きにも書きましたが、感染症はおろか医療の専門家でもありません。そのため不正確な理解や表現もあると思います。その点ご理解、ご了承いただければ幸いです。
相場で勝つことも大事ですがまずは相場の中で生き残ること、そして何より、一日でも早く感染症の拡大が終息することを願っています。
(2020年3月1日)